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プロ陸上選手 走幅跳アイディアメンタルトレーニングセンター所属井村久美子がアイディアを選んだ理由再始動!井村久美子
アイディアメンタルトレーニングセンター
メンタルトレーナーが語る井村選手の素晴らしいメンタルの力
井村選手は、間違いなくトップアスリートです。
しかしながら、そのお人柄は、素直で繊細で純粋。実際にお話を聴いてみると、
奇跡のような距離を跳ぶ力がどこに秘められているのかと思うくらいのやさしい方なのです。
もちろん、競技のときの彼女は単に純粋でかわいいだけでなく、強くてしなやかでかっこいい、トップアスリートだけが放つオーラを秘めています。
あのやさしくてかわいい井村選手が、ひとたび跳躍の姿勢になると驚くような集中力とパワフルさで見ている人たちを圧倒します。
トップアスリートだけが持つ、
集中力とメンタルのタフさ。
彼女は今、その力に磨きをかけ、より輝こうとしています。
彼女が持つメンタルの力をさらに引き出しているもの・・・
そのプログラムは、イメージトレーニング。もともと繊細で、イメージ力が豊かな彼女。
そこをさらに活かして、身体反応を良くしたり、試合に臨むコンディションを整えていきます。彼女のその類まれなるイメージ力の強さは、トップアスリートを何人も担当してきた私ですら「間違いなくダントツ」と言い切ることが出来ます。
井村選手ご自身はそうではないのですが、もともとメンタルが弱いと思われている選手は実はイメージ力が抜群に強かったりもします。やさしいから周りのことを気にしすぎてしまったり、ちょっとした環境の変化に不安などのマイナスのイメージがふくらむのも、もとはといえばイメージが強すぎるから。アスリートにとって、イメージは脳で感じたことを増幅させ、身体に反応を伝えるひとつの大切な「回線」と言えます。
イメージが強いということは回線が豊かであるということ。プラスのイメージが大きく伝わるぶん、マイナスのイメージも大きく伝わってしまうのです。そこで、メンタルトレーナーが選手についてお手伝いすることは、メンタルトレーナーがその選手にあったオリジナルのイメージトレーニングを作成し、マイナスのイメージをプラスに書き換える習慣のお手伝いをするというシステムづくりなのです。
人によっては、試合の前の悪い緊張が取り除けたり、モチベーションや集中力のアップにもつながります。以前、私が担当した選手の中には「ケガの回復力をあげる」というものや、「試合やケガのトラウマを癒す」というイメージトレーニングとして効果を発揮したことがありました。
繊細な人ほど力を発揮することが出来る。これが、アイディア式メンタルトレーニングの中で人気を誇る「イメージトレーニング」です。
イメージトレーニングには、「本番のイメージ」、「回復して身体の調子が整うイメージ」、「集中力をあげるイメージ」などがあります。
井村選手は、もともとマイナスのイメージはほとんどなく、いつも明るくて素直な方です。しかもイメージ力はダントツです。トップ選手にもかかわらず、基本的なことにも素直に取り組む。興味をもち、質問もする。実際に練習で取り入れてみて、イメージをさらに身体に浸透させる努力を繰り返す・・・私もやり方を少しお伝えしただけで、すぐにほとんどのイメージトレーニングを習得されていました。
メンタルトレーニングの効果を出すための一番の「こころの力」。
それは、彼女の素直さと純粋さにあるのではないかと思っています。
今後も彼女は、自分のその素晴らしいキャリアと記録に甘んじることなく、新しいプログラムにも挑戦し、しなやかにどんどんと吸収し続けていかれるでしょう。
彼女の挑戦は今まだ始まったばかり。日々、深いレベルで進化を続けています。
アイディアメンタルトレーニングセンターは、これからも、井村選手とともに日本のメンタルトレーニングの文化を、より一層豊かなものにしていきたいと考えています。
アイディアメンタルトレーニングセンター
代表メンタルトレーナー 浮世満理子
小学校2年時から陸上を始め、小学校5年時に4m46、6年時に5m18を記録し、天才少女として話題を集めた。
中学校1年時に12歳年齢別世界記録となる5m97を記録し、全国中学校体育大会3連覇という偉業を成し遂げ、3年時には走幅跳、100メートルハードル、100メートルジュニアハードルの3種目で日本中学記録を樹立。
高校時は記録が伸び悩んだが、大学2年時に出場した世界ジュニア選手権では、6m43の日本ジュニア記録をマークし銅メダルを獲得。100メートルハードルで5年ぶりに自己記録を更新するなど、見事な復活を遂げた。
01年の世界陸上選手権エドモントン大会では11位となり、その後も07年世界陸上大阪大会まで4年連続出場を果たしている。
06年静岡国際陸上ではシーズン初戦にも関わらず6m75の大会記録を樹立。同月の大阪グランプリでは6m86の日本記録で優勝した。さらに、アジア大会で6m81の跳躍をみせ、同種目36年ぶりとなる金メダルを獲得し、“7mジャンプ”への期待が高まった。
08年には、自身初となるオリンピック(北京大会)に出場したが無念の予選敗退を喫した。同年11月に結婚し、スズキを退社。
28歳の誕生日となる09年1月10日に再始動。プロアスリートとしてロンドンオリンピックを目指す。




