アイディアのカウンセリング・メンタルトレーニング 【兵庫県】

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アイディアのカウンセリング・メンタルトレーニング

兵庫県の受講生・卒業生の声

受講生・卒業生の声八田 しげみさん
心理学を勉強しようと思ったきっかけは、当時夫婦関係にとても悩んでおりカウンセリングを受けているときに、話を聴いてもらったり心を整理することは、とても役に立つことだと実感していました。自分自身もカウンセラーとして誰かの役に立てたら、という気持ちから、勉強してみようと思いました。

アイディアは、自分の担当カウンセラーから紹介されて説明会に参加しました。そのとき担当してくれた先生が、説明会なのに自分の話をしっかりと聴いてくれて、ここなら大丈夫だという安心感があり、受講を決めました。

勉強してみて、自分の悩んでいたことや夫との関係性や価値観の違い、心のことがどんどん整理ができ、周囲の人や両親からも優しくなったと言われたことに、自分でも驚きました。

整理できていなかったことを、違う視点で見ることができ、客観的になったことで、離婚に踏み切ることができ、今まで苦しんでいたことを手放すことができました。きっと、自分自身に余裕が出てきたので、周囲や親にも優しくなれたのだと思います。

離婚を決意し、子どもも自分の手で育て、これからの人生を自分の力で生きていきたいと思ったときに、プロフェッショナル心理カウンセラーの資格は、絶対に取得しなければ、と思い、チャレンジしました。心理カウンセラーとしてしっかりと仕事をしていくには、絶対に必要だと思ったのです。

無事に試験に合格し、プロフェッショナル心理カウンセラーの証である、「聴くプロバッチ」をつけた時に、ひとつのゴールと達成感、そして新たなスタート地点に立った気持ちでした。

そこから、仕事のエントリーがかった時は、とにかく手を上げて、やらない選択はありませんでした。仕事ができるチャンスをもらえることは当たり前ではないし、だからこそ現場で通用するように必死にトレーニングを重ね、少しでもスキルアップできるように取り組みました。

その積み重ねで、現在SNS相談のスーパーバイザや、法務局のアドバイザリー、企業や団体様での研修講師を担当させていただいています。講師として受講者の心に響くような伝え方は、講師トレーニング受けることで、自分自身の課題と向き合い、改善し成長していくことの積み重ねでした。

心理カウンセラーやメンタルトレーナーの仕事は、難しさもありますが、何よりもやりがいがあります。

この仕事をしていて一番うれしかったことは、初めて専門学校でメンタルトレーニングを教える講師の仕事を担当させてもらったときに、メンタルのことを伝えると、受講者の表情がどんどん明るくなり、目の前で進化成長していく様子を感じることができた時でした。

また、法務局の仕事を担当させてもらったときも、今までとは違う、次のステージに立てたようで、光栄であるとともに、さらに気を引き締めて、お役に立ちたい、と強く思いました。

勉強を始めた時は、まさか自分が法務局の担当をするとは思ってもみませんでしたが、トレーニングを繰り返し、チャレンジし続けた結果、やりたいことが実現できるということが実感できます。

これからも、様々な現場にエントリーして、少しでも多くの方の心の成長のための支援ができるように、自分自身も成長していきたいと思います。

兵庫県について

兵庫県は近畿地方西部の県です。
人口は約5,434千人です(令和3年1月1日現在)。
面積は8,400平方キロメートルです。
県は南北に長く、近畿地方では最大の面積です。北の日本海、南の瀬戸内海と2つの海に接しています。本州で2つの海に接している県は、両端の青森県、山口県を除いては兵庫県だけです。
 明石市には日本標準時子午線である東経135°線が通り、ここが日本の標準時刻の中心です。

 県の産業は、太平洋沿岸では工業地帯が発達し、重化学工業を中心に近畿圏最多の工場立地数となっています。その一方で、中部から北部では主に農林水産業が行われており、過疎化が進んでおり、県の中央には東西に中国山地があり、その北側では豪雪地帯もあります。これらを総じて過密と過疎、また県単位の産業活動指数は全国平均であることから、日本の縮図と言われることがあります。

 1,995年1月17日朝5時46分に発生した平成7年兵庫県南部地震では6,000人を超える犠牲者と約25万棟の家屋全半壊、10兆円を超える甚大な被害となりました。震源地は明石海峡で深さは16km、マグニチュード7.3でした。最大震度は阪神間及び淡路島の一部が震度7の激震、神戸市及び洲本市では震度6でした。都市直下型の地震で被害は大きく、当時、戦後最大の被害でありました。1,984年(昭和23年)の福井地震の時に新設された「震度7」が初めて適用された事例となりました。
この地震を機に日本国内でも地震に対する備え、考え方が大きく変わっていきました。
地震直後より、寒中のがれきの中へ全国から暖かいボランティアの手が差し伸べられました。阪神・淡路大震災では述べ167万人ものボランティアが復興の助けとなっています。こうしたボランティア活動はこの震災がきっかけとなり、1,995年は「ボランティア元年」と呼ばれています。また、震災に留まらず、豪雨など自然災害時に多くのボランティアが活動しています。
 災害派遣医療チーム(DMAT)の発足も、阪神・淡路大地震がきっかけでした。この地震では被災者に対する初期医療の遅れが問題となり、2,005年に厚労省の日本DMATが発足しました。チームは医師・看護師・業務調整員の5名で構成され、要請があれば現地に滞在して医療活動を行います。初の仕事は2,005年4月のJR福知山線脱線事故でした。
 そして、同じ年、神戸ルミナリエがスタートします。神戸ルミナリエのメイン会場はJR三ノ宮駅の南側の東遊園地周辺です。アクセスはJR元町駅から東側への一方通行となります。約50万戸の電球・LED球などで装飾され、神戸の異国情緒豊かな街並みと相まって、町全体がとても美しいファンタジーな空気で溢れます。この神戸ルミナリエ、阪神・淡路大震災で犠牲になった多くの方々の鎮魂と復興を願う光の祭典であることはご存じですか?ただ綺麗ではなく、今の私たちはあの時犠牲になった多くの人々の想いと共にあるということを思い出させてくれる、そんな祭典です。もし、ご都合が付けば、最終日、消灯式に出かけてみてください。

 兵庫県は南北に長く面積も大きいため、重要なところが多くありますが、数点ご紹介します。
 姫路城は姫路市にあり、高い天守閣は遠方からも確認することができます。国宝であり、平成5年には法隆寺とともに世界文化遺産に指定されました。
 姫路城は白鷺城とも呼ばれ、青く澄んだ空を背景にした姿は素晴らしいの一言です。外国人も多く訪れます。
 姫路から西へ少しのところに播磨科学公園都市があります。播磨科学公園都市は世界的な科学技術拠点を集め、関西イノベーション国際戦略総合特区の指定を受け、先端技術・地域技術を活用したものづくり産業の集積を図っています。
 神戸淡路鳴門自動車道は平成10年に開通しました。四国側の大鳴門橋は昭和60年に開通していましたが、13年後の平成10年に世界最大の吊り橋である明石海峡大橋が開通し、四国までつながりました。これにより、今まで3時間以上かかった神戸-鳴門間が約半分の1時間40分に短縮されました。
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